こくりで一緒にはたらきましょう

どうも。「かんりしゃ」です。
2月も今日で終わり。まさに年度末ですね。

年度がかわるからといって、特に何かがあるわけではないのですが、けど何かやっぱり新鮮なものですよね。
現在、こくりでは一緒にはたらくスタッフさん(いわゆる利用者さんのことです)を募集しています。
春の新生活、こくりではたらいてみませんか?

こくりのことを改めて知ってもらおうと、3月に何回か、こくりでのはたらき方について、紹介していこうと思います。専用のページをつくるかも?
よい人にはたいへんよい事業所と自負しています。合わん人は合わんやろうけど。
当たり前ですね笑。

お楽しみに!よろしくお願いします。

カタシモワイナリーにいきました

どうも。「かんりしゃ」です。
2月も後半、もうすぐ年度末ですね。
何か気持ちもせわしなくもありますが、何をそんなせわしなくなる必要があるのか。落ち着いて過ごそう。

今日は、ぶどうの収穫体験でお世話になっている「カタシモワイナリー」さまへ、見学&試飲会にいきました。


ぶどうの歴史を学びました。
明治の頃、ぶどうは、毎年できるものではなく、いろんな条件がそろえばできる「幻の果物」だったそう。
だから大変高価なものだったそうです。

そのため、政府が国の国力をあげるために、ブドウづくりに着手したそう。
大阪がその土地の候補に選ばれました。
そんな大阪には、「幻の果物」のぶどうを、毎年きちんと栽培できる知識と技術を要した「おっちゃん」が6人いたそうです。
その6人の力もあり、柏原地域は日本一のぶどうの産地になったそう。

おもろい話、つくる人がつくれば、めっちゃおもろいドラマになりそうな話が満載でした。

ありがとうございました。

#3 「ちゅん」の『自世界拡張プロジェクト』

はじめに

 ということで、第3回。「今までの常同的な生活や価値観を尊重しつつも、この機会に自分という世界を拡張してもいいかな」のコンセプトで、新しいものをインプットandアウトプットしていますよ〜。


ⓐ「おすし」さんからの紹介 映画『すずめの戸締まり』

 職員「おすし」さんから、新海誠監督の大ヒットアニメーション映画を紹介してもらいましたよ。新海作品は『すずめの戸締まり』どころか、『君の名は』『天気の子』あたりも全く観たことがなかったので、これは良い拡張のような気がします。ということで、以下ネタバレ含むアウトプット。

 まず、映画としての初速の速さに良くも悪くもびっくりしました。あっという間に鈴芽と草太が出会って、あっという間に惹かれ合って、あっという間に世界に問題が起きて、あっという間にドタバタロードムービーへ。「とにかくまず世界観へとお連れしますんで付いてきてください」といった感じで、ここは結構好みが分かれそうだな〜と。 ただ無理やり勘繰れば、序盤でグッと掴まないと作品/興行として成立しにくいという側面もあるんでしょうし、最初から何もかも説明しちゃうのも味気ないので、ここら辺は色々と考えてるんだろうな〜と思います。実際、鈴芽自身のバックボーンは物語が進むにつれ少しずつピースがハマっていくわけで、これが現代における「脚本」ということでもあるような。
とは言え、もうちょっと序盤の段階で鈴芽の人となりみたいなものが間接的に描写されててもいいような気がします。草太との出会いも軽すぎるし、色々と「速い」……笑。

 そして、一番気になったのは我々が暮らす現実世界とのリンクですね。序盤からサブリミナル的に、LINE/マクドナルド/EVEとかがほぼ実名で登場するんですが、こういう演出は観る側の没入感をグッと深めますね。どう許可を得てどれくらいお金をかければ使用してもいいのかといったところにも興味が湧きます。そこから中盤以降はドライブシーンに於いてたくさん既存曲が使われたりしてますが、ここまでやられちゃうと、ちょっと冷めちゃう気もします……笑。

 その中でも、一番重要なのは実在の震災をフィクションに使ってもいいのかという点ですかね。実在の戦争や天災そのものをテーマにしたドキュメンタリー寄りの作品、もしくは架空の戦争や天災をテーマにしたフィクションの作品なら全然構わないと思うんですが、実際に被害に遭った人がいる震災をベースがフィクションの作品の中に混ぜてしまうのは、うーんどうなんだろう。東日本大震災に関してはまだ10年少しで復興の途中でしょうし、関東大震災に関しても100年近く経っていたらOKなのかってなるとそれも違う気がするし……。
 いずれにせよ、新海監督は「3.11」をずっと想いながら映画を作っていたようです。鈴芽が神戸を経由するのも、阪神淡路大震災を意識してのことだそう。こういう大事なことを改めて描くというのは「映画」の大きな役割のひとつだとは思いますが、今作のアプローチは少し賛否が分かれるかもしれませんね。

 他にも、細部の軽さ/小難しさはあれこれ感じたりしましたが、キリがないのでこのへんで。総じて、スペクタクルできらきらした映画ではありました。2時間で宮崎から岩手まで。ロードムービー特有の豊かさが、自分の中で小さな思い出になった気がします。

 最後にちょっとグッときたシーンを。草太が一時的に要石になったあと、色々と憔悴しながらも鈴芽は草太のアパートで入浴しますが、ああいう緊急事態の中に息づく暫定的な生活行為みたいな、日常と非日常が融合するシーンにはかなり胸を打たれました。あの一連の流れって、言葉や文章で説明しちゃうと価値がガクッと下がっちゃうわけで、こういうところは「映画」というものが持つパワーなのかもしれませんね。


ⓑ「ちくわ」との共同プロジェクト 面接『興味ないもの座談会』
 
 職員「ちくわ」さんとの共同プロジェクトで実施した『興味ないもの座談会』についてアウトプットします。

 「ちくわ」さんと一緒に新しい自拡の形式を打ち合わせする中で、お互い「話し相手が自分の興味がない話題を喋っている時にどう聞けばいいんだろう?」みたいな、会話上の小さな悩み/特性がやや共通していることが分かりまして、そこから今回の企画に発展しました。具体的には、面接形式でお互いがお互いに興味のないことを話してみて、「どう思い感じ考えるか」といったアプローチです。
 例えば僕(ASD者)の場合、自分の興味のあること以外はどう接すればいいのか困る場合もあるので、そういった意味で自拡のヒントになるのではといった狙いでもあります。

 肝心の「お互いの興味のない話題」ですが、それぞれが馴染みのあるスポーツの話を相手に聞かせるといった形を採りました。僕はサッカー、「ちくわ」さんはバスケです。これらをその話題にあまり興味がない相手に話してみて、相手はもちろん自分自身も「何を思い感じ考えるか」。かなり抽象的で不思議な取り組みにはなりましたが、色々と面白かったですよ。

 まずは「ちくわ」さんのブロックからスタートです。僕も気になったところは止めて質問しつつ、主にバスケのルールに関して教えてもらいましたよ。色々と不思議で細かいルールがあるんだな〜と感心しました。会話上の細かいことはもう少し後で言及しますね。

 次に僕のブロック。同様にサッカーのルールに関して話してみました。僕は、自分や自分の生活の中にサッカーが有るのが当たり前だったので、あまりサッカーに詳しくない人と話すのは刺激的でした。オフサイドにしたってよく分かんないですよね。

 そして最後には、話してみて聞いてみて「どう思い感じ考えたか」を共有し研究しました。「相槌ってあった方が嬉しいね」、「相手が質問してくれた方がスムーズに進むね」、みたいなベーシックなものから、「それでもそれぞれ感覚が違うから上手く擦り合わせるのは難しくて当然よね」という大きな問いかけまで、結構自由に振り返りを行いました。

 個人的な発見としては、自分自身が案外相手のことを考えて(=キャッチボールを意識して)会話をしようとしていたことです。こういう(自閉的)特性ですから、独善的に喋ってしまう傾向を自覚していたのですが、ここ数年の様々な関わりによって、そういう相互性みたいなものがある程度はインストールされていたようです。
 それが上手く行えているかどうかは分からないですし、その姿勢のみが必ずしも正しいとは思いませんが、自分のあまり意識していないところで自分が変容していることに気づいて少し新鮮でした。

 結局、「話題自体に興味がなくてもその人自体に興味があれば、ある程度は聞いていられるね」みたいなところには落ち着きました。それに加えて、「仕事」としての責任もそりゃ関係しているよねという感じ。会話のトレーニングみたいな訓練的な文脈にはあまり着地したくないのはあるんですが、それでも色々と学び得るものがあったと思います。以下、「ちくわ」さんによる感想も載せておきますね。

***

<「ちくわ」の感想>
お互いに興味のない話をしてみて

 日常生活のなかで、興味のない話を突発的に聞かされることはあるし、知らず知らずのうちに相手が興味のない話を自分がしてしまっていることもある。ただ、今回は最初からお互いに興味のない話をしようと決めて臨んだのが新鮮だった。
 今回の構造が1対1で、無反応は貫きづらいし、意外と興味がないと思っていた話でも興味を持ててしまい趣旨とはズレる形になった。
 これが講義形式や反応を制限するなど一方的な情報の提示だとまた変わった結果になったと思う。
 どういう時に話に興味が持てなくなるのか考えていくのも面白そうだなぁと。 「ちくわ」


ⓒ「ちくわ」さんとの共同プロジェクト『モール手芸』

 連続!「ちくわ」さんとの共同プロジェクトです。いきなりですが、下の写真のような、「モール」ってご存知ですか?



 中に針金が入っていて、ググッと力を加えると形を変えることができるんです。そうやって自由にモールたちを組み合わせて、アクセサリーや装飾を作ったりする試みを今回は行いました。どうやら、巷のTikTokなんかでは結構流行っているみたいです。

 そもそもこのモール手芸ですが、「今度は『ちくわ』さんがやりたいことをやりましょう」と僕が提案したことから始まりました。僕は結構、あれはやりたいこれはやりたくないという感じで生きてきたので、相手のやりたいこと(≒自分はあんまり興味のないこと)に触れることが、良い自世界拡張になるのではと考えたからです。

 「ちくわ」さんもこのモール手芸に前々から興味があったそうですが、なかなかタイミングがなかったようで、今回良い機会になりました。

 近くの百均に行って、カラフルなモールとアクセントになりそうなものを買い込むことから活動は始まりましたよ。思ってたよりも普通にモールというものが売っていて、少しびっくりしました。人間、興味のない商品棚って見てないものですね。



 いろいろ開封済みの事後撮影ですみません。当日はすごくバタバタしていて、作るのに夢中だったのです。イヤリングなんかも買いましたよ。

 こうやって、割り箸や鉛筆などの細い棒にくるくる括り付けて型を付けたりしながら、製作を進めます。



 作ってて分かったんですが、モールにしたって何だかんだ針金なので、結構手が痛いです。  「ふぎーっ!」となったりします。あと、クリスマス仕様のキラキラなモールを買ったので、ラメ部分が剥がれて床にぱらぱら落ちたりもします。皆さんも同様のことをするときは、「ふぎーっ!」となる心構えと、床をコロコロ掃除できるものを準備しておくことをオススメします。

 とまあそんな困難を乗り越えて、何とか完成したものがこちらです!⭐️



 中央のクリスマスツリーは共作、下のリースふたつは「ちくわ」さんが作りました。どれも可愛い仕上がりになりましたよ。クリスマスツリーに関しては、謎のシナジーが突然発生して、いつの間にか出来ていました。星のオーナメント代わりにイヤリングがぶら下がっています。こういう不思議な出会いも楽しいものですね🎄

 総合的に良い活動になりました。手芸みたいなものは普段まず全くやらないですし、久しぶりに手先をちまちましました。また、未知のものに対して「こうやったらどうだろう?」、「ああやったらどうだろう?」と試行錯誤したことも豊かな経験になったと思います。
 「ちくわ」さんとの共同プロジェクトは、次回がラストになりそうです。ラストに相応しい活動を計画していますよ、お楽しみに。ということで、 以下、「ちくわ」さんの感想も載せておきますね(モザイクのところは本名です)。

***



おわりに

 このはじめにとおわりにが必要なのかどうか悩んでいます。ただでさえ爆弾文字数なのに、更に延びてしまってトホホ。とは言え、冒頭はこのブログの趣旨を説明しないといけないし、最後はまとめとして一言載せたいし……。
 とまぁ、色々悩みながらもぼちぼちやっていくので、よろしくお願いします!

about5/7 「ちゅん」の場合

 最近、スピードについてよく考えます。歩くスピード、眠るスピード、喋るスピード、食べるスピード……。それらは、言わばその人をその人たらしめている重要で当然なひとつひとつのパーソナリティであり、その重なりはやがてその人が暮らしている生活、感じている世界そのものに繋がっている気がします。

 5/7(=週休2日制)についての基本的な意見やスタンスはイントロで書いた通りで、あとは細かい違和感やズレの具体的なエピソードを、この「ちゅん」の場合で補完しようと考えていました。結果的に、そういったことはあんまり盛り込めませんでしたが、なんとか僕なりのAbout 5/7を表現するところには落ち着いたかなと感じます。

 ではまず、初めの取っ掛かりとしてAIの話を引き合いに出そうと思います。

 こないだ、こんな興味深い話に出会いました。

 戦後の農村における家事労働では、大変な作業たちの中でも、”かまどの火の番”をしている間は誰にも文句を言われずにゆっくりできる半休憩時間のような立ち位置だったそうです。しかし、そこからガス機器が発達したことにより、その安らかな時間は取り上げられ、多くの反発が生まれたとかなんとか……。

 この話を現代風に考えます。

 これから先、今まで人間が行っていた事務的で単純な仕事はどんどんAIが肩代わりしていくと予想され、そうなると、残った複雑でエネルギーが強く必要な仕事はどんどん生身の人間が行わないといけないことになる可能性が出てきます。即ち、結果的に仕事の強度は上がることになり、求められる目標や基準はどんどん青天井に……。人々が疲れ果てる未来が待っているかもしれません。

 資本主義って、人間が休んだり疲れたりすることを考慮に入れていないので、余った時間にはどんどん他の仕事を詰め込もうとしますし、人間ひとりひとりの様々な脈絡やグラデーションをゆっくり解釈していく時間やコストを払える余裕もないので、どこかで立ち止まれない限りは、どんどんこういった状況が加速していく傾向にあると感じます。

 また、発達障害関連でよく語られるテーマとして、できるとできないの間に”できるけどすごく疲れる”が存在する、というものがあります。この考えは、発達障害のみならずとても重要で当然なことだと思いますし、それぞれの人間を”できるorできない”の二元論で象るのはあまりに暴力的ですよね。

 僕も学生時代、たまたまタイミング的にすごく頑張ってテストで良い点を取った際に、「やればできるんだから、これを普通にすれば国公立に行けるよ」と言われたりしました。僕はその時期から明らかに体調を崩していたり、様々なものについていけなかったりしていましたが、そんなことはお構いなしにテストの瞬間的な結果だけにカーソルを合わせられ、そう告げられました。なかなか、それぞれのスピードって伝わらないんですよね……。


 だから、”枠組み的な時間”や”結果的な能力”だけで語らずに済むように、もっと『はたらく』ということに色んな観点や要素が増えればいいなと思います。その分、色んなことが複雑になりパズル化する部分も増えるかもしれませんが、人間も環境も同じものなんてないので本来そういうものだと思います。段々そんな考えも、この社会に芽生えてきている気もしますが、やっぱりまだまだ全然な気もしています。

 余談ですが、ちょうどこの記事を書いている時期は、桜が咲くか咲かないかの頃です。調べたところ、一部の桜は人間同様に80年ほどの寿命だそうですが、その中で(主に人間に)あれやこれや色んなスピードやシステムを押し付けられてるのかもなと感じました。

 いつ咲くだのいつ散るだの語られて、散ったあとは見向きもされずに、でもそんなこととは関係なく、ただひたすらに毎年毎日桜のスピードを生きているのだとすれば、本当に頭が下がる思いです。桜からすれば、そんなことを言われることすら鬱陶しい押し付けかもしれませんが、やっぱりそんなことを思いました。

 どれも簡単に叶うことばかりではないですが、僕自身の行いも含めて、少しずつ何かが変わっていければいいなと願うところです。

立春やし、シュラホールで春をさがしました

どうも。「かんりしゃ」です。
立春がありましたね。春を探しにいきましたよ。

「きょうの野菜」

(いまはまだ名前はない)

「ちゅん」

「ござる」

「ととマル」

「てって」

「かんりしゃ」

写真は撮ってないけど「サイドショー」も一緒に春を探しました。

まだまだ寒いけど、春ですね。
暖かくなるのが待ち遠しいですね。

about5/7 「するめ」の場合

私は週5日働いています。働き始めてからは変わらず5/7です。

週休3日制の会社のニュースを見て「いいな」と思うことはありますが、思うだけであって、それが(今の)自分にしっくりきているわけではないです。

自分の性質上、ちょっと追い込まれているくらいがちょうどいい感じがするので、5/7がベストなのかもしれないです。50m走だと物足りないけれど、マラソンだと苦しすぎる。運動場のトラック5周分だとちょっとしんどいけどやり切れる。走り切ったぞーと思える。それがちょうど5/7のペースです。

たまたま5/7という標準的?なペースではありますが、これから4/7や6/7になる可能性は多いにありそうです。