こくりのインタビュー MuSuBu 第3弾 「てんてん」さん

どうも。「かんりしゃ」です。
いろいろと久しぶりになっていますが、インタビューMuSuBuの題3弾をアップさせて頂きます。
今回はある流れでこくりに関心をもって頂いた「てんてん」さんにお願いすることになりました。
大きな事故を経て、人生の道が大きく変わったという「てんてん」さん。けど何かその歩み方には「てんてん」さんらしさが出ていそうな。
そんなインタビューになっています。
「てんてん」さんのyoutubeリンクもはってます。まわるのかまわらぬのか、まわるとかまらわんとかではきっとおさまらない、「てんてん」さんの大車輪までの道のりをみんなで目撃しましょう。

※インタビューは「かんりしゃ」と「ちゅん」とで実施しました。文字起こし・文章校正は主に「ちゅん」が担当しました。青字は「かんりしゃ」、赤字は「ちゅん」の発言です。


【事故の経験、心理の道】

 大きく分けて2つあるかなと思うんですけど、1つは臨床心理士として電話カウンセリングを行っているのと、もう1つは全然心理とは切り離して一個人としてYouTuberの活動をしているっていう感じですね。

 24時間対応の電話カウンセリング窓口にシフトで入っていて、主に契約している企業の社員さんとかまたはそのご家族を対象にカウンセリングを行っています。

 一応、そこが売りでして…(笑)。
 職場での人間関係やハラスメントとかの業務的なものから、「死にたい」とかご家族のことなど深夜でも結構色々掛かってきますね。

 今は月に十数時間くらいですかね。色々な兼ね合いでセーブしながら働いています。

 元々僕は小さい時から色んなスポーツが好きで、高校も体育科のある学校に進んだんですけど、そこで器械体操に打ち込むことになるんです。ゆくゆくは、器械体操の選手や先生、あるいは消防士とかの身体を使う仕事をしたいな、みたいに将来像も結構はっきりしてた方かなと思うんですけど、そんな最中、二年生の春の部活中に体育館の床に頭から落ちてしまって…。 
 それで頸髄を損傷して、身体が全く動かない状態が続くことになるんです。そこから自分でももう元には戻らないことに薄々気づいていって、本当に絶望したんです。精神的にも不安定になって「死にたい」ってよく口にしていたんですけど、家族とか友達、医療スタッフの方たちに支えられてなんとか生きることができて…。
 だから。その思いがどっかにあったんでしょうね。そこから、周りの人たちがちょっとずつ進路を決めていく中で、何気なく開いた情報紙の○○大学臨床心理学部というのがたまたま目に入ることになるんですけど、そこで心理学であれば自分の身に起きたことも活きてくるかもしれないと思うようになって…。自分も誰かの支えになることができたらなと感じて、心理の道に進むことになりました。

 まず、肉体的に生きるか死ぬかをなんとか乗り越えたあとは、本当に自分との戦いって感じで…。夢も目標も失って、当時はスマホも無いから自分で何かを調べたりすることもできなくて、ただただ動かない身体が現実に横たわる中で、目の前の理不尽な状況に怒り狂い、落ち込み、塞ぎ込むことしかできなかったんですけど、そういう状態の僕に対して、家族や友だちがとにかく毎日寄り添ってくれたんです。何かはっきり良いことを言ってくれたというよりは、ただただ近くにいて僕の気持ちを受け止め続けてくれたことが、苦しい時期を乗り越えることに繋がって…。それはすごく大きかったです。

 確かに、僕が入院していた当時の周りの人の存在や関わり方って、まさに愛だったかもしれないですね…。今、少し気づかされた感覚になりました。

 そうですね…。まず、心理士としてはたらく上で、自己開示の問題ってよく考えて行わないといけないところかと思うんですが、僕の場合、ファーストインプレッションで車椅子ユーザーであることは隠しようもなく伝わるんですね。それ自体、良い面も悪い面もあるのかもしれないんですが、僕としてはそれが良い方向にはたらくような現場に携わることができたかなという感覚はありますね。
 また、心理士になったこと自体も、あの頃のショッキングな出来事に意味づけすることができているという点では、自分にとっての生きる力にもなっていると思います。


【“体操”をもう一度】

 YouTuberの活動に関しては、まずもう一度体操に挑戦するという大きな目標があってのことなんです。で、なぜそういう思いになったかと言うと、やっぱりまた怪我した時の話になるんですが…(笑)。うーん、やっぱり、全部そこなんですよね。今の僕の全ては、結局そこに帰着しちゃうというか…。
 そもそも僕は、野球とか水泳とか他のスポーツも色々やってたんですけど、中2の時に始めた体操が本当に好きだなって感じで…。

 僕自身、やってる時も思ってたんですけど、「ようあんなことできるわ」って感じで…(笑)。ああいう人間業じゃないことをできるようにする、みたいな負けず嫌い精神がどこかにあるんでしょうね。宙返りした時にしか見えない景色とかめちゃくちゃ面白くて…。
 だから、怪我した時も歩けないことより体操ができないことの方が辛かったんです。その後も、ずっと「体操したい体操したい」っていう葛藤が続くんですけど、やっぱり出来ないんですよね、現実的に。そのことが段々自分でも分かってきてからは、そういう「体操したい」みたいな思いは封印するようになったんです。
 それ自体、障害を受け止めるために必要なプロセスだったと思うんですけど、ただ、一昨年の夏ごろ、とある場所で自分の体験を話す機会があったことがきっかけで、ぎゅっと封印していたはずのフタがたまたま開いたんです。一瞬、「これまた辛くなっちゃうんじゃないか」って身構えましたけど、意外と体操がしたいというその思いを自分でもすっと受け止めることができて…。そこからは、今だったら、自分の思うように動かない身体を受け入れた上で体操と向き合えるんじゃないかって感じるようになっていきました。

 まず、当時の顧問の先生に連絡を取ったんです。そこから、もう一度“鉄棒で大車輪を回る”というところを具体的な夢に設定して、それに向けて一緒にやっていこうかという流れになりました。
 で、挑戦すること自体、やっぱり尊いことだなとも感じますし、何より同じ立場にある人たちの希望や指標になるかなと思って、折角だったらYouTubeを通じて発信しようという考えになりました。

 そうですね……。今まで、その時々で色んな気持ちの揺れがあって、色んな葛藤があって、それが結果的に今の選択に繋がってるんだと思います。

【愛と時間】

 そうですね……。僕も愛って何なんでしょう、とお題をもらった時から考えてみたのですが、まず、好きとか嫌いみたいな感情とどう違うんだろうっていう観点から話していこうかなと思います。
 やっぱり、好きっていうと、優しいところが好き、頼りがいがあるところが好き、みたいな対象の中のポイント的な話になっていくかなと思うんですけど、それに対して、愛はそういうポイントとか関係なく、優しくなれないところも、頼りがいがないところも、そういうの全部ひっくるめて、その人と一緒に居たいなって思えるかどうかみたいな感じがしています。
 更にもっと言えば、その人の幸せとか苦しみみたいなものを、自分のものとして一緒に感じられるかどうかみたいな、一体化的なところもあるんじゃないかなって考えてますね。


【『2:6:2』】

 なるほど……。僕もそういう『2:6:2』の法則みたいなものは、自分が色々モヤモヤしている時とかに、 「マイナスの2割を見るよりも、如何に間の6割を味方にするか」みたいな感じで使ったりはしますね。ただ、まあ僕自身も、色々とマイノリティに括られることはあるんですけど、そういう時はマイノリティだからこそできることに目を向ける場合が多いですね。
 やっぱり、社会が変わるときってマイノリティが物申したり発信したりして少しずつ動いていくものだと感じるので、結局、僕は属性とかマジョリティ、マイノリティみたいなことにはそこまで意識が向かないかな……。というか、事故を経験したことによって、そういうマイノリティだとしてもそれを武器にしてやっていくしかないみたいな負けず嫌い精神が育まれざるを得なかったとも言えるかもしれません。

 あはは(笑)。うーん、間違いないなぁ…(笑)。
 まわりがどうとかよりも、今自分が何ができるかを考えるのかもしれないですね。


【どこからどこまで】

 うーん、そうだなぁ…。何が僕をこの道に行かせたかっていうところを考えてみると、やっぱり負けず嫌いなのかなって思いました。「こんな目に遭わされたけど、そんなことしてくるなら、これ使って、こんなことしたるで……!」みたいな(笑)。まぁ、そこまで深く考えたりしたこともないんですけど、そういう精神でずっと育ってきて、今日に至ってるんだと思います。


【さいごに】

 僕もこういう感じでインタビューを受けるのは初めてだったんですが、良い経験になりましたし、自分という人間がまた明確になった気がします。また、これから自分が進もうとしている方向性についても、少し安心することができました。ありがとうございました。

写真撮影:「きょうの野菜」


↓↓↓「てんてん」さんの活動は、ここから↓↓↓

【YouTube】とっぴなWORLD
https://www.youtube.com/@toppi-world


【Instagram】
https://www.instagram.com/toppi_world/

古墳にこーふんツアーに参加します

こんにちは。「かんりしゃ」です。
少しずつ、じめじめしてきました。梅雨が近づいてきましたね。
すごく嫌です。部屋の温度管理をがんばらな。


宣伝です。
来週の日曜日、5/25(日)ですが、藤井寺イオンさんで実施される、カレーイベントに出店します。
ハレマチフジイデラさんが実施するところに、縁あってこくりのカレー家も参加させてもらいます。

楽しそうなイベントですね。
何かむっちゃ藤井寺らしくて最高と思っています。

こくりは、この日限定のローストビーフカレーを提供しようと思っています。
いや、この前のシュラでも出したんやけどね。
激うまでしたので、ここぞとばかりに再登場です!

赤字覚悟の、ローストビーフカレーを食べに来てさい!よろしくおねがいします。

ASDとサッカーへのアンサー

どうも。「かんりしゃ」です。
「ちゅん」ががんばって書いた、ASDとサッカーへの応答をさせてもらいます。
蛇足にならんかったらええけど。

まず、思ったのは、「ちゅん」はサッカーが、すごく好きなんでしょうね。
そこまで好きとは知りませんでした。
好きなことがあるのは、うらやましいなーと思います。ええなあ。

そして、なぜサッカーが好きなのかをASD性と絡めていましたが、それは何か後付け感がありました。
あの、見る試合を整理して表にする等はASD性があふれていたように思います。
ただ、サッカーの競技の特性とASDの特性のマッチングに関しては、「かんりしゃ」はピンとこなかった部分もありました。ああやって分析するのは「ちゅん」らしいけど笑。

「かんりしゃ」は、熱狂的野球好きのASD者を知っています。
その人なりの野球の面白さを享受し、日々声援を送り続けています。
ASD性と野球という狭義の特性の相性が悪いわけではありません。「ちゅん」と野球との相性があまりよくないのでしょう。
もしくは、新たなスポーツを娯楽として享受することの腰をあげることとの相性があまりよくないのかもしれません。

けど、もしかしたら、きっと、「ちゅん」が野球と出会う時期や出会い方が違えば、「ちゅん」なりにサッカー級に野球を好きになってたんちゃうかな、とかも思ったりします。

そういう意味では、「ちゅん」はサッカーと出会えて、出会いを出会いとして、それを大切にしたんでしょうね。
「ちゅん」はサッカーに出会えて、それを好きと思えて、享受できる環境があって幸せですね。もう一回言うけど、うらやましいわ。

2 ASDとサッカー

 
 どうも、スタッフのちゅんです。第1回目の『ASDとRPG』が自他ともに好評で、あれぐらいのことはもうあんまり書けそうにないのですが、全4〜5回を目指してまたぼちぼちやっていこうと思っています。

 ということで、第2回のテーマは『サッカー』。基本的に(外国の)サッカー観戦のことを指しているのですが、運動という意味のサッカーも少し出てくると思われます。

 やはり固い文章になっておりますが、自分自身とできるだけ近いところで表現するプロジェクトなので、お許しください



1.I Love Premier League

 プレミアリーグってご存知でしょうか。
 イギリス(主にイングランド)のサッカーリーグのことでして、名実ともに世界最高峰の呼び声高いサッカーリーグです。

↑『24/25 プレミアリーグ 第13節 リヴァプール対マンチェスター・シティ ハイライト』

 上記URLで対戦しているリヴァプール、マンチェスター・シティに加え、マンチェスター・ユナイテッドとかアーセナルとかチェルシーとか聞いたことありますかね。それらのクラブが在籍しており、近年では、ブライトンというクラブにいる三笘薫が大変活躍していることで、日本人にもより親しみがあるリーグになりつつあります。

https://www.youtube.com/watch?v=zJFVTvSK_XU

※『三笘薫のスーパーゴール』

 僕はこのプレミアリーグがあまりにも好きでして、10年に渡ってたくさん試合を観てきています。基本的にはまあただのスポーツ観戦と言って相違ないのですが、この10年間の観戦の折々で、自分にとって大切なことにも出会いましたし、自分の特性と紐付けて考えると面白いこともあるかなと思い、今回テーマに選びました。



2.完全な娯楽って?

いきなり話は少し変わって、娯楽って一体何なんでしょう?

一般的に挙げられるのは、テレビを見たり音楽を聴いたり本を読んだりゲームしたり、またギャンブルなんかも含まれる気がしますが、要はこのあたりの心理的刺激もしくは心理的リラックスを促すものが、広義に娯楽と呼ばれている気がします。

 ただ、このあたりの娯楽みたいなものを摂取するのが僕は少し苦手です。勿論、音楽は大好きですし、物語と触れ合って感動したりワクワクしたりすることもありますが、やはりその摂取には大きな労力と受ける影響があります。作中のメッセージによって、何か社会問題が提示されていたり、とある属性の人間を糾弾するようなものが含まれていると、その意図を汲み取ることやそこからの解決策を考え抜くことなどに生活が乗っ取られ、日常を固定している屋台骨まで揺らいでしまうことも少なからずあります。

 さて、サッカーってどうでしょうか。大前提、これは僕がサッカーが好きという立場から物を言っているポジショントークであることは否めないのですが、サッカーならあまり心理的に揺さぶられません。ここで言う心理的とは、どっちが勝つか分からないハラハラや、試合最終盤での逆転劇などにおけるものではなく、あくまで前述の人間や社会はどう在るべきなのかといったようなニュアンスのものです。映画を2時間観るのとサッカーを2時間観るのでは、含まれてるメッセージの数や重さが全然違います。

 諸々、サッカー特有のメッセージの重さやイレギュラーは存在するとは思いますが、まあ基本的にどの試合を見ても、誰かがドリブルしてパスを回してシュートして、点が入ったり入らなかったりしてどっちかが勝ったり負けたりなどするくらいです。現象として想定される大体の幅には収まります。これが大事です。

 あれこれ個人的な見解を述べましたが、娯楽という、「人間の心を仕事から解放して楽しませ慰めるもの」といった元来の語句通りの脈絡から考えると、サッカー(スポーツ)観戦みたいなものが最適な在り方のひとつなのかもねといった具合です。

 まあ、こないだもとある野球好きの芸人さんが「サッカーはつまらなすぎる、90分間のほとんどが意味がない」と言ってましたが、僕自身はそれを野球に対して感じるので、これは個人それぞれの感覚だと思いますし、サッカーをそう感じるのもよく分かります。スポーツもスポーツで、人間のほとんどが好むようなそう大層なものではないですよね。



3.運動、そして自己へのフィードバック

 学生のころ、僕は遊びで少しサッカーをしていました。運動やスポーツ自体は全然好きではありませんが、サッカーだけはある程度楽しくやっていたというところです。そこから何年か経ち様々な経験をした現在、自分自身の特性と生活のことを踏まえて改めて考えると、やはり運動って大事なんだなと思わされるのです。

 勿論、一般的な健康上、運動が大事というのは言わずもがなですが、ASDの自分からすると少しだけ違う角度の重要性があると分析できます。

 現代、デジタル化されたものが氾濫したことにより、肉体的に与える影響は軽視され、頭と心だけに作用するものが増えてきました。
 また、僕は肉体的な欲求や純粋な身体の機微をありのままキャッチすることが苦手だったりしています。お腹が減って食べたいからごく自然に食事をとる、気になっていることはとりあえず二の次で眠たいから睡眠をとる、など感覚的な動作所作はいつも不自然にというか機械的に行う場合が多いです。

 こういう現代を、こういう特性を持って生活すると、どんどん自分自身が情報的にプログラミングされたような感覚にさえなっていきます。極端に言えば、電脳世界化です。
 そうなると、行動にかかる肉体的コストや、自分が本当にその行動をしたいのかどうかといったことなどが見えづらくなり、脈絡が掴めない疲労や倦怠に苛まれたりすることもしばしば引き起こったりします。

 それに対し、”運動”って一番手近で実感しやすい自分から自分へのフィードバックだと思うので、こういう信号を身体に送って、こういう動作が行われて、その動作に対する触覚/痛覚的なフィードバックってこんな感じだよなぁみたいな、今まさに実際に生きている動物としての実感をちょこちょこ得ていた方がナチュラルだよなぁと感じている次第なのです。

 それぐらい自己ってまあ曖昧なものですよね。


4.観るための工夫、意味付け、そして功罪

 ところで、工夫って大事ですよね。僕の人生においても大きなテーマです。
僕はこのプレミアリーグなるものを週に何試合も観るわけですが、たくさん観るための工夫みたいものを作っています(そもそも何でそんなたくさん観やんとあかんねん、というのは飲みこんでいただきたいです)。

↑『直近の観たい試合のスケジュールと、日本語コメンタリーの担当者表』

 こちらをご覧ください。これは観戦に際しての自作のメモですが、自分に最適化された様式で要点だけ列挙しているスケジュール表です。

↑『観戦した試合の記録』

 それに加えて、1節3試合観戦というガイドルール設定を行なっており、観戦した試合はこのように陳列して記録しています。

 要はどうやって試合を観戦していくか、何を基準にしていくかといったことのシステム化です。これがあるおかげで1試合1試合に”観る意味”が付与され、観戦することがスムーズになっています。昔は観た試合数のカウントまで行っていましたが、そこらへんはだいぶ緩くなりました。

 そもそもでは、なぜこんなことをしないと観れないかというと、やはり”自分自身の感覚的な欲求”をキャッチするのが苦手というところに立ち返ります。

 娯楽なんですから、観たいときに観て観たくないときには観ないでいいはずですが、僕はそういう感覚を拾うのがあまりできません。
前回の『ASDとRPG ⓐ’ I LOVE 秩序&フレーム』で書いた、秩序的に要素たちが整理されていくことに大きな意義を感じ、この地点に僕にとっての楽しさが存在しているとも言えます。

 ただ、こういうシステム化は、疲れているのに観ないといけない……、興味のない試合なのに観ないといけない……、みたいなことも同時に生み出します。

 それはつまり、”自分自身の感覚的な欲求”により鈍くなっていくということで、3章で書いていたことはそういうことです。

 しかしながら、抽象的に要素を認識し整理できるからこそ、こうして自分の世界をマス相手に表現できるとも言えます。

 まあ要はバランスなんですが、そんなに簡単なことでもありませんね。


5.ASDとサッカー

↑ 『僕の1番好きな選手のゴール集』



 さあ、まとめの章です。言いたいことは大体言いましたし、今回に関してはそこまで体系的な論述をしたいわけでもないので、大してまとめることもない気がしますが、何となく大事そうなことを最後に少し整理しておこうかなと思います。

 そもそもサッカーって何なんでしょう、というのを最後に考えてみようと思います。勿論、答えなんか無いですし結構どうでもいいですが、無理やり考えます。

 競技人口やらファン人口やら世界の隅々まで普及していることなどを考えると、やはりサッカーは3本の指に入るくらいのスポーツだと思います。

 そこには、ゴールにボールが入れば点が入るという単純で視認性に優れたルール設計であることが手伝っている気がします。何度も引き合いに出して大変恐縮ですが、野球とかは初見だとどうなったら点が入るかというところが視覚的にはあまり伝わりにくいルール設計です(そのぶん奥が深いですが)。

 (ASDの)自分にとって、視認性が優れているという観点は、スポーツのみならずとても重要だと感じていて、やはり前回の『ASDと RPG ⓐ規則性』でも、そのような話をしました。サッカーの試合の映像って、両チームがフォーメーションを綺麗に整えていて、ピッチを構成する要素も洗練されており、自分にとっては観ていて気持ちいいんです。

 ただこれを別の側面で見ると、曖昧なものが苦手な特性を持つ(ASDの)自分が、ファウルの判定だったり、可視化されていないオフサイド、暗黙の駆け引きなどその他諸々に、そこまで引っかからずに観戦できているという事実もあります。

 自分の中にまだ解明されていない(ASDの)特性があって、それとサッカーが深層的に強く結びついているのかもしれないですし、はたまたその人の全てが(ASDの)特性によって影響を受けるわけでもないでしょう。

 その上、解明してしまうことってやっぱり功罪あって、
 それまでごく自然に行われ楽しめていたものが、研究と分析によって急激に意識を与えられ、飼い慣らされた楽しみに変わってしまうこともあります。

 人間、ある程度無理なくスムーズに摂取できるものが、生活の中の大切なルーティンとして息づき残っていくと思っているので、そういう意味では、僕にとってのサッカーはある程度研究せずに、日常の安定したほんのスパイスとしてそっとしておくぐらいが良いのかもなと思ったりもします。

 何も見えない靄の中で暮らすのも、苦しいですが、何もかも透き通って見えてしまう暮らしもまた苦しいですからね。

 ということで、サッカーに付随することはまだまだ語りたいことがありますが、今回はとりあえずここまでに。また第3回で会えたら嬉しいです。


参考文献
つながりの作法、綾屋紗月・熊谷晋一郎、2010、生活人新書

新年度がはじまって少したちました

どうも。「かんりしゃ」です。
いやー、この日記を書いている日は、春というより夏に近い暑さです。。。

何度かお知らせしているように、4/1(火)から、藤井寺市にあるシュラホールでカフェをはじめました。
2-3週間たち、今ようやーーーーく、ほんの少しだけ落ち着いてきました。
この2-3週間、「かんりしゃ」はやるべきことが多すぎて、久々にやばかったです。
おかげさまで、最低限のハードルはクリアできています。

約5年前の春、こくりを立ち上げる時もやばかったです。
むっちゃ前の日記でも書いてますが、その日々のこととか、しんどすぎの中みた桜に、ほんの少し元気をもらえたことなどは、今や懐かしい思い出ですが、そのことを思い出す日々でした。
けど、しんどさが全然違う。
それは周りに「しんどーい」と言える人たちがいるからやと思います笑。いつも言っていてすいません。
5年前は、だいぶ孤独やった。あれは大変でした。


こくりのカフェinシュラホール、まだまだ進化するはずです。
こくりのカレー家も負けてられません。
おいしく、楽しい体験をしてもらえるよう、みんなの力を借りながら、これからもがんばっていきます!

「こくりのカレー家」と「こくりのカフェinシュラホール」

どうも。「かんりしゃ」です。
さっきの日記でもお伝えしましたが、こくりが2店舗目のお店をやります。
「こくりのカフェinシュラホール」です。

こっちでも、カレーを出します。
けど、同じのを出すのも芸がないと思い、シュラ用のカレーをつくりました。

今後の呼び方を整理します。
「こくりのカレー家」のカレー→「こくりのカレー」
「こくりのカフェinシュラホール」のカレー→「シュラのカレー」

カレーカレーうるさいですね。

それにともない、「こくりのカレー家」のメニューを整理し、完全にカレーいっぽんでいきます。
アイスと紅茶をやめます。
アイスは同じレシピのものをシュラで出します。
お茶しに行く方は、こくりのカレー家ではなく、シュラに行ってください笑。


いやー、こくりのカレー家の方のお客さんが増えて、アイスとか準備する余裕がなくなったからなんやけどね。

よろしくお願い致します。

こくりが新たなカフェをします

どうも。「かんりしゃ」です。
2025年度、こくりは、藤井寺市の観光課などが入っている「アイセルシュラホール」内のカフェを出店することになりました!!!
おーーー!!

その名も、
「こくりのカフェinシュラホール」
です。

シュラホール自体が、リニューアルをし、新たなカフェ事業者として選ばれました。
そして、3/30(日)、リニューアルオープンのイベントが開催されます。
こくりも出ます。

アイセルシュラホール リニューアルOPENイベント 開催します!/藤井寺市


現在、その準備などで、バタバタバタバタです。
がんばります。
みなさんに迷惑かけてごめんなさい。

何にせよ、イベント来てください☺

シュラのために新たなカレーを開発しました。
それと飲み物をだします。
割引券の配布や、ちょっとしたプレゼントもあります。



本格オープンは、4/1から。
シュラのカレーや、肉吸い定食、カス吸い定食と共に、飲み物や甘いものを準備します。
けど、これらはほんの第一歩。
成長する「こくりのカフェinシュラホール」をお楽しみに。


いやー、大変や。がんばらな。