ちゅんのMyseroof Album制作進捗日記(5)『余りにも凄いチャットモンチー / 素人DTMerが採れる音楽性の限界』

Myseroof Albumとは…
Myself(自己)とProof(証明)とAlbum(音楽アルバム)をくっ付けた造語で、オリジナルの音楽アルバムを制作することによって、今まで生きてきた自分とその人生の存在を証明しようという計画のこと。

第5回です。悩みの尽きないこのプロジェクト。今回は、個人的な音楽の嗜好なども交えながらダラダラ喋っていこうと思います。

『余りにも凄いチャットモンチー』
最近、『チャットモンチー』をよく聴きます。僕は世代が半分下なこともあって、彼女たちがバンドとしてアクティブだった頃をリアルタイムで追えていません。だから、とても新鮮な感触です。彼女たちの凄さは、「洗練された少ない要素たちから生み出される圧倒的な個性と奥行き」だと思います。活動期間の長くをスリーピースとして過ごし、それ以外の期間も音楽性としてシンプルなロックというところから大きく逸れなかった彼女たちの曲を聴いていると、人数や音数の少ない方がむしろ個性や奥行きをグッと前に押し出すんじゃないかというような気がしてきます。『染まるよ』という曲があります。曲調やアレンジがとてもシンプルで、最低限のギターとベースとドラムと歌だけなのですが、それでも圧倒的なパワーを持っています。余りにも凄いです。恐ろしいです。そうやって彼女たちの音楽に触れていくと、『チャットモンチー』って「自分たちの持っているカードをそのまま使ったり逆さにしたり裏返したり組み合わせを変えたりしてとにかく弄り遊び倒したバンド生涯」だったのかなぁって勝手に思います。例えば、女性アーティストであることをまっすぐ歌うこともあったりフリにすることもあったり……。この個人性こそが、バンドという音楽形態における最も生命的な在り方なのかもしれません。とにかく、『チャットモンチー』と出会ったことによって僕の中にはこういうニュアンスの感動が生まれた訳なんですが、これを自分の音楽に反映させようと思ってもそうはいきません。Bパートへ続きます。

『素人DTMerが採れる音楽性の限界』
DTMerというのは、パソコンで曲を作る(Desk Top Music)人のことです。僕は素人DTMerです。『チャットモンチー』に話を戻すのですが、彼女たちのような要素の少ないシンプルな曲を作るというアプローチは、取っ付き易いようでいて実は真逆と言えます。なぜなら、素材自体が光り輝いている必要があるからです。彼女たちだけに限らずメディアの中で流通しているロックミュージックは、ウン十万円の楽器や機材たちを使って高品質な形式で録音され聴きやすいように整えられています。そして何より、その人たち自身のパーソナリティや演奏が加わることによってより価値をグンと高めているのです。残念ながら、そういうアプローチを素人DTMerが表現しようとすることは無謀です。ギターなどの弦楽器をアナログの質感そのままにパソコンに録音することはなかなか難しく、VOCALOIDは橋本絵莉子のように自由で感情的な声で歌ってはくれません。ですので、DTMなりのアプローチを採る必要があります。ただそうなると今度は、パソコンに内蔵されてる画一的な素材たちを上手く調理する腕が求められてきます。うーん、難しい。今挙げたどのアプローチとも取れない絶妙なところにちょうど落とすことが出来れば万々歳ですが、果たしてどうなることやら……。

という訳で、今回はちょっと込み入った話をしました。こういう要素や問題を挙げていけばキリがありません……。何とか騙し騙しの一歩ずつでやっていけたらなって感じです。それでは、また第6回で。

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